2015/01/19

教養としての数学


週末、またも哲子と
今回は独立研究者森田真生先生トークイベントへ。

前回載せたあまりにも眩しいスピーチ映像の森田先生です




森田先生のお話を聞くのは1年以上ぶりですが
今回も期待以上のマシンガントークで、
3時間みっちりと数学に浸りました。


と言っても森田先生の話す数学はなんとも面白く
血の通っている、人間味溢るる数字の世界を教えてくれるものだから
まったく数学に興味のない自分も聴きに行きたくなります。

今回は人間の営みとしての数学の歴史を知る
といった流れで数学の歴史を遡っていく先生。





びっくりするのが、偉人の生年月日とか
歴史で発明がされた年号まで紹介して下さるんですけど、

その暗記方法が、先生曰く素数で捉えていくと覚えやすいという事で
私レベルはもうここでちーん
しかしオモローな森田先生。
16○○年の○○を覚えているけど、その前とかあまり考えてないと言って
19○○年と言い間違えて話進めちゃう場面も。
でも私はバカなので、それを真に受け「そんな最近なんだ〜」とか流してた


さらにキラッキラした眼で森田先生、
「デカルトは結構社交的ですぐ人と仲良くなっちゃうもんだから
一人で考える場所が欲しくって兵へ志願して戦争いっちゃったんですよ ははは」
「ライプニッツはね、結構不幸なんですけどね、そういうの好きなんですよね ふふ」

など凄く爽やかなにアイロニックなツボが網羅されている先生。




「つるかめ算」については
"鶴と亀が合計8匹いて、足が22足でした。
さて、鶴と亀は何匹ずついますか"

「これこの状況になったら普通に目で見れば鶴何匹、亀何匹って一瞬で分かるし、
足だけ見たって一発で分かりますよね。
こういう状況の方があり得ないんですよね。ははは」


と、なぜ「つるかめ算」というものが存在するかの奥行きについての話も面白かった。





マシンガントーク中に都度話される偉人達紹介の
めちゃめちゃ美しいやらはっとするやらの言葉たちにも惹き込まれます。

"懐疑主義者に対して、懐疑している自分が存在している事がまず確かな事"
これはデカルトの話でしたでしょうか


レオンハルト・オイラーについて
"人が呼吸をするように計算をし、タカが空を舞うように計算をした"

"概念として数字を作った事により、脳のコストを下げた"
1,2,3って数字を作ったのはインド人だそうです。
それまでがI,II,IIIみたいな感じ
計算に使う為ではなく、数字を使う為に。これよく考えると本当凄いな〜


的な言葉で、バカが聴いているのでほぼ間違えている可能性大です

ここまで血肉となって身体を通して没頭する姿勢、お話は
その小宇宙を垣間見ているようで
その話を聴いているだけでもなんとロマンチックな感覚だった事でしょう。

突き詰めていく姿勢の美しさたるや。





全然関係ないんですけれど
この日、なんだかすっごい落ち込む事があって落ちてたんですよ。ってしょっちゅう落ちてるんですけどね


そしたらこの時間だけそれを忘れる事が出来ました。

知の宇宙で忘れる、取るに足らない悩み。
なんと有り難い場であった事でしょう。

やっぱ寒くても外出てよかった。

あ〜楽しかった。
ありがとうございました。